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ひまわり日記

嘘のようなホントの話。なんちゃって医学部志望者をぶっ叩き、頑張る受験生を応援するブログです。

【雑談】お喋りばかりしている受験生。

どうも、暇な医大生です。





駿台だったら、フロンティアホール。
河合塾だったら、リフレッシュルーム。





いつまでもいつまでも喋ってる人はどの時代の受験生でもたくさんいるものです。
2ちゃんねるTwitterなどで、傷を舐めあってる受験生も多いですよね。





彼らは、他人の話題や学歴の話、他にもたくさんの話をしています。果たして有益なのでしょうか。欲に流されてしまいついついお話しちゃうのでしょうか。






個人的な見解としては、彼らは多分落ちたらどうしようという不安を会話することによって解消しようとしているのではないかな?と思います。






話しているとなんだか、楽な気持ちになるのでしょうか。たまにだったらいいと思うんです。人と会話することによって、ストレスは随分と軽減します。






しかしながらですね、喋ってても不安は根本的には消せてないんです。受かるか落ちるかの不安を解消する唯一の方法はひたすら勉強することなんです。






成績が上がることによってしか、解消されないと思うんです。この参考書がいいだの、あの先生の授業がいいだの、永遠に話していても、成績は伸びませんよ。喋りながら勉強したって、ホントに意味ないですよ。






受験終わったら朝まで語ればいいじゃないですか。
どうせやるなら、徹底的に犠牲を払った方がいいですよ。
リスクを背負いましょう。
じゃなきゃ、見返りは求めてはいけません。






しょーもない話で永遠に盛り上がってる連中を見ると、居酒屋で上司の悪口ばっかり言ってるしょーもないサラリーマン連中とか、スタバで友達の悪口で盛り上がるブサイクな女共が、脳裏によぎってしまいます。






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【雑談】「社会に出れば学歴なんて関係ない」という嫉妬。

どうも、暇な医大生です。





よく、身長も高く体重も成人レベルにある人間がこんなことを言います。





「社会に出れば学歴なんて関係ない」






どうやら、知性や知能は小学二年生レベルで止まっているようです。小学二年生は言い過ぎですか?そうですね。小学二年生が可哀想ですね。最近だと、小学二年生で英検1級とか取っちゃうレベルですもんね。







……というおふざけはこの程度にしておきましょう。学歴のない人にキャンキャン吠えられるのも面倒なので。






本気で言っているのか、僻んで言ってるのかどっちなんでしょうね。ハッキリして欲しい。個人的な見解としては、嫉妬が80パーセントくらい占めていると思います。






そもそも、学歴のない人間に「学歴のありがたみ」は分からないでしょ。それと同時に、学歴のある人間に「低学歴の苦しみ」も分からないのですが。







気持ちに寄り添えても、完全なる理解は絶対に無理です。当たり前ですが、「学歴のある人間」というは、必ずしも「人間として素晴らしい」とは限りません。常識が身についてない人もなかにはいます。






そんな極わずかな人間を見て、「頭のいい人は変な奴が多い」みたいな考え方をして、距離を取ってしまうのがもう幼稚で、低学歴のよくすることなんです。






私が公立中学校にいた時、バカが多かったのでイジメが非常に多かったです。高校(超進学校)に行くとイジメなんてほとんどなかったです。みんな、賢いんで多少変わってる人間がいても「個性」として尊重できるんです。






おバカな人間が勘違いする個性ではありません。「奇抜=個性」だと思っているおバカさんには伝わらないでしょう。(別に伝えたいとも思わない。バカの壁養老孟司の書を参照されたい。)





高学歴な人で、「学歴だけが全てじゃない」って言う人の正直な心理はこうです。まず、「学歴だけが全てじゃない」という言葉通りの意味です。そして、学歴がない人への配慮。当たり前です。世の中のほとんどの人が高学歴ではない人達なんですから。






特に芸能人とか発信力のある人間はそう言います。学歴だけが全てじゃないと。学歴の恩恵を受けてきたくせに、社会に出れば関係ない……とか言うんです。おかしくないですか?





「社会に出れば学歴なんて関係ない」じゃないんです。






「社会に出るのに学歴が必要なんです」





要するに、社会に入る前に、学歴で判断されるんです。当然ですが、入ってからも学歴は常にあなたの名刺代わりになります。顔や身長などと同じです。入ってからも必ず、学歴はあなたの横についてまわるのです。






より良い環境を求めて、社会に出るのであれば学歴というチケットがなければ入れないのです。関西で一流企業に行こうと思ったら最低ラインが関関同立なんです。それ未満だと、面接すら受けられないんですよ。というか、もっと大切なことがあるんです。






それは、「学歴を手に入れるまでに学んだことが、社会に出て役に立つ」ってことなんです。






社会に出る前にも必要で、出てからも役に立つ。
持ってて、損することは1度もないんですよ。
私は得しかしたことないですよ。
基本的に、「医学部です」というと相手の態度が豹変します。






だから、身体の大きい皆さんは自分が苦労したからこそ、僻んで「学歴なんて必要ない」とか言うんじゃなくて、子供達に勉強の大切さを啓蒙するところから始めてくださいよ。それが大人への第1歩じゃないんですか。




それか、学歴が必要ない世界で輝ける存在にするかですね。(まぁ、基本的には無理だと思いますが……)





この辺の話(つづき?)は、コチラ↓にも書いてます。






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【雑談】覚悟の違い。断固たる決意があるのか。ないのか。

どうも、暇な医大生です。






最近、バイト先の塾生で数ヶ月前までは成績に大して差がなかった2人が、現在では大きな差が出てきてしまっているのを目の当たりにして、思うことがあったので書きたいと思います。






2人とも、同じ中高一貫校出身で浪人生です。
彼らの違いは、一体なんなのか。
それは、断固たる決意の差だと思います。
決意はそれぞれがしているハズなんです。










問題は、決意してからの行動です。
勉強を頑張っている人間は、周りのことが気になりません。人間関係にあれこれ悩むこともないでしょう。






受かってしまえば、どうでもいいのです。合格のために、犠牲を払うことを決意した人間と、していない人間の差は数ヶ月もすれば出てきます。






人間関係にあれこれ悩んでいるような受験生は、勉強という唯一忘れられるような代物が目の前にあるのにも関わらず、そこに飛び込むことが出来てないのです。






周りのことが気になる人はもう一度、見つめ直してください。自分が今欲しいのは合格なのか人間関係の修復なのか。





ちなみに、大学受験の解答は本人が解答しなければなりません。1人で。他の人の答案を見ることも許されていません。他の人の応援度や嫌われ度は点数に加算されまさん。知ってましたか?






合格したいなら、勉強に集中しましょう。
大丈夫です。合格したら全ていい思い出に変わります。
いい思い出にするのか、後悔にするのかはアナタ次第ということになります。






一生、一緒にいる訳でもない人間に神経を費やす暇があるなら、1問でも多く数学や物理の問題に取り組みましょう。





余計なことを一切排除し、数式から未来も予測可能なシンプルかつ素朴な世界観を持ったニュートン力学は、まさにそんな受験生の心のオアシスだと私は思うんですよ。








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【雑談】医学部受験と多浪の闇

どうも、暇な医大生です。





今年でセンター試験が終わってしまいます。
おそらく多浪を重ねている受験生は何とか今年でキメなければいけないと焦っていることでしょう。





現役生や一浪生の中には、自分もそういう道になってしまったらどうしよう……と思っている人も少なくないかもしれません。





皆さんが思っている以上に、多浪生という存在は予備校業界にたくさんいます。予備校をタライ回し状態で20浪って人も知ってます。その人は女性でした。もう、とっとと諦めて別の道に進めばいいのに……と思ってしまいますが。






まぁ、所詮はその人の人生なので興味ないですが。(と言ってもどんなメンタル、モチベーションで勉強しているのか気になりますが……)



私が知っている多浪生の話をしましょう。
男性なんですが、私が受験生の頃に受験会場(面接が同じだった人)で知り合った人なんですが、その地点で確か6浪だったと思います。





非常に有名な進学校(中高一貫校)を卒業し、医学部受検のジレンマというか、地獄のローテーションにハマってしまった人の典型だったように思います。見た目はむちゃくちゃ真面目そうな感じなんです。




本人曰く、「解くスピードが非常に遅い」と勝手に自己分析情報を教えてくれました。6年も浪人して解くスピードが上がらないなら、諦めたらいいのに。6年間何をやってきたんだ?……と思いました。弱点が分かってそのままにしてきたのか?




もう、「弱点を直視しない」という弱点の持ち主だったのです。





その人のことをずーっと見てきた訳では無いので、断定はできません。しかし、結局のところ自分の弱点から目を逸らし続けた結果だと思います。それが6浪という結果を生み出してしまったのではないでしょうか。






6年も浪人していれば、普通の人間ならば医学部合格に必要な知識も思考力も身についていていいハズなんです。年齢とかは関係ないと思うんですよね。ちなみに合格発表の日に、その人の受験番号はありませんでした。まだ浪人してるんでしょうか……。






さて、ケース2です。もう1人は4浪をした女の子です。この女の子も医学部志望の浪人生でした。私の方が年下で、塾講師で向こうが年上という、何とも気まずい感じでしたが……。






大阪大学の医学部・医学科が第一志望だったと思います。しかしながら、センター模試も80パーセントほどで、良いときで85パーセントって感じでした。模試も河合塾の全統記述模試で理系科目で65程度。






こんなレベルで阪大の医学部なんて行けるわけがないんです。地方の国公立医学部行けたらバンザイレベルです。しかし、彼女は「今年こそは……」「今年こそは……」を4回も繰り返してしまい、自分の実力を誤解してしまっていた典型だと思います。






結局は、親の説得により私立医大に進学していきました。まぁ、医者になれたらいいんじゃないでしょうか。本人は相当、プライドが許さなかったみたいですが、身の丈にあっていたも思うんですがね。





多浪からの医学部合格果たした人に話を「落ちた時の気持ち」を聞いてみると……




「あー、今年もあかんかったなぁ〜」




と負け慣れてしまっているメンタルになるらしいです。
そして、なんで落ちたのか考えることなく、また1から勉強するらしいです。予備校を変えようが本質は変わらないことに気付かずに。参考書を変えればなんとかなると思っているそうです。






医学部に合格するのに何か特別な方法があると思っているそうです。そんなものないんですよ。4年も5年も浪人して無理ってことは、もはや知識とかそういう問題じゃなくて、なにか根本的な所でアウトってことです。
そこに気付かないと永遠にループするだけだと思うんです。






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【受験体験録】中卒予定から医学生へーPart8ー

どうも、暇な医大生です。
こちらは、私の受験体験記になっています。
まだ、Part7をご覧になってない方はコチラ↓からご覧下さい。








さて、チャレンジ校のつもりが勉強しているうちに第1志望に変わり、人生初受験を迎えることになった暇な医大生。全国でも屈指の進学校でした。人生初受験という割にはあまり緊張を感じなかったです。難しいことはわかっていたので逆に落ち着いていたのでしょうか。






試験会場(学校)に到着すると、いろんな塾が陣取ってましてねぇ。あれは、自分が通ってる塾もありまして、塾長に励まされ、教室へと向かい、自分の席に座りました。倍率は3倍ほどだったので、横の2人をコ〇せば勝てる!なんてことを想像して待ってました。






一番最初に紙が配られました。第1志望校はどこかマルしてください。的な感じのやつです。専願と併願の区別がない受験校だったので、調査的なもので配布された感じでした。私は、本来の第1志望校をマルしました。ラ・サール高校も丸をつける欄にあって、九州から受けに来る人もいるんだなぁと思い、ビックリしました。







マイクロバスで遠征受験しにきている英進館っていう塾もありました。負けたくねぇ〜。とか大した実力もないのに思ってましたね。負けず嫌い度は人より5倍くらい高かったので。






手汗が結構出てきてるのに気づき、それをズボンで拭いてとかしているうちに、最初の科目、数学の試験がスタートしました。最初の小問集合は難なくクリアしたのですが、得意なハズの二次関数の問題に大苦戦しました。むちゃくちゃ焦りました。







過去問ならサラッと解けたのに。解けない。解けない。1度飛ばして、次の問題に行ったのですがやっぱり二次関数の問題が気になりすぎて、確率も上手く数えられず、図形問題も苦戦しました。もう一度、二次関数の問題に戻りますが完全にお手上げ。







そこから雪崩をおこし、自分でもこれはコケたな……というのが分かりました。なんとか正常なメンタルを取り戻そうとするも、取り戻せずに試験終了。これは非常にまずいと思いました。不合格に一気に近付いた気がしました。







そして、次の科目は英語です。英語はそれなりに得意な方だった気がしたのですが、過去問を解いて、英作文などはハッキリ言って、先生に見てもらったこともないですし、長文も結構知らない単語が多くて、非常に不安な気持ちのまま迎えることになりました。







今から見ても、当時の英作文の力などゴミに近いような答案でひたすら、英文法の問題集を繰り返していた記憶があります。もっと、早くから長文に取り組んでおけばよかったと何回も後悔したものです。試験中にも少し後悔しましたかね。







英作文も大して書けず、長文は少しできたかなぁ〜という感じでした。この地点で、私は自分の非力さを再認識させられました。あ、井の中の蛙だったんだなと。ホントに悔しくて悔しくて、試験中に涙が出そうになりました。







この、英数の地点でなんとなく不合格を確信してもう帰ろうかなと思いました。でも、ここで逃げたら応援してくれた人達にも、受験料を払ってくれた親にも申し訳なかったので、その場にとどまりました。まぁ、帰る度胸なんてなかったんですけど。







国語はいつも通りできませんでした。そして、理科は思ってたより出来ました。社会は1番得意だったのですが、微妙な出来でした。一緒に受験した同じ塾で同じ教室だった友達も、数学ができなくて足切り点に引っかかったかもしれないと言っているのを聞いて安心した自分がいました。







試験が終わり、多分落ちてるなぁとは思っていたものの合格発表までは不思議なもので、もしかしたら、受かっているかもしれない……という微かな希望を持って待ってしまうものです。






気持ちを切り替えようとしましたが、初めての受験が終わった興奮と、もうすぐこの勉強地獄から解放されるという気持ちで、本来の第1志望校の受験が数日後に控えているのにも関わらず、浮き足立っていました。







そして、合格発表は2日後にやってきました。先程書いた同じ教室だった友達と見に行きました。お互い落ちてるよなぁ〜という雰囲気の中で向かいました。微かには期待して見に行きました。受かってたらいいなぁと思いながら。







そして、番号が掲示され見てみると、私の番号はありませんでした。やっぱり……という気持ちと、受かっている周りの人間を見ているうちに悔し涙が溢れてきました。もっと早くから勉強に取り組んでおけばよかった。もっと勉強しておけばよかった。







サボった記憶が脳裏を何度も過りました。あの時もサボったな……。あ、あの時も……。というように。人前でしたが、感情が爆発して涙が止まりませんでした。







友達は……受かってました。「お前が落ちるなんて信じられない」と言われました。私は涙を堪えて「いや、俺のことはいいから、マジでおめでとう!」と言いました。むちゃくちゃ悔しかったです。







心から合格をお祝いする気持ちと悔しい気持ちが混ざって、ホントになんとも言えない気持ちでした。悔しすぎて、来た道を1人で帰りました。涙が止まりませんでした。お腹が空いていたので、ミスタードーナツに寄りました。ポン・デ・リングの味がしょっぱかったです。






家に帰ると、点数開示が送られてきており、合格最低点に50点も足りてませんでした。自分の実力不足を実感しました。3日後に迫る、本来の第1志望の受験に向き合わないといけない。本当に切り替えないと……。






塾に行くと、塾長が別室に私を呼び出しました。
何故か、私は涙が止まりませんでした。
やっぱり悔しかったのです。
挫折も努力も、挑戦も見守ってくれていた塾長を目の前にして、また涙が出てきてしまったのです。







もう、落ちたくない。
落ちたくないじゃない。
落とせない。負けられない。
逃げられない。逃げたくない。
諦めない。そして、諦めたくない。
絶対に合格したい。次は絶対負けない。
そう思って、気持ちを切り替えたのでした……。



(つづく)




<名言の広場>




次は絶対に負けない
ー二海堂(三月のライオン)ー

成果が出ないときこそ
不安がらずに、恐れずに、迷わずに
一歩一歩進めるかどうかが
成長の分岐点であると考えています。
羽生善治

幾多の失敗を重ねたが、しかし恐縮はせぬ。失敗はわが師なり、失敗はわが大なる進歩の一部なり
大隈重信



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【雑談】医学部志望者のゴミみたいな小論文

どうも、暇な医大生です。





小論文を見てほしいと言われることがあります。
その辺の予備校の小論文教えてるヤツらより、医学部の教授が欲しがる人物像(と言っても大学ごとに異なるが)は分かっているつもりなんですが。医学部に行ったことないヤツらは、どうやって小論文の添削をするのだろう。






……と思うことも多かったですが、アレですね。そもそも書きた方の作法がなってない受験生ばかりですね。小論文講座があるのも納得です。それに、なかには非常に医療に精通している先生もいます。





というか、医学部に行ってた人が書いてる参考書もあります。文系の先生からは、基本的に書き方のマナーくらいしか学べませんので気をつけましょう。






「日本はどんどん高齢化が進行しています」とか書いてるような答案は論外ですね。そんなこと誰でも知ってるし、ましてや、採点官が分からないとでも思っているのか?






しかも限られた字数制限の中で自分をアピールしないといけないのに、何考えてんだコイツ。ってなります。脳みそのユルユル加減がよく伝わってきます。頭の回転が大したことないんだなと。







そういう子達は、基本的にレベルの低い私立医大に補欠が回ってきて進学するパターンが多いです。まぁ、多浪を繰り返す人も多いですが。






典型的な解答や模範的な解答は大学側は望んでません。独創的(過激なのはやめましょう)なアピールです。自分の独創性と大学のアドミッションポリシーの最大公約数を見つけだし、そこをアピールしましょう。






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【雑談】臓器移植と人種差別

どうも、暇な医大生です。





重々しいタイトルですが、ちょっとだけ論じてみようと思います。まずは、人種差別から。ここで言う人種差別は、もちろん黒人差別やユダヤ人の迫害(ホロコースト)などの話のことです。






それが臓器移植となんの関係があるんだ。って思うかもしれません。根深い所で繋がった問題だと思ったので書いてるんです。伝わるか不安ですが頑張って伝えたいと思います。






まず、前提として人間は差別する生き物です。区別する生き物と言った方が的確でしょうか。肌の色。価値観。国籍。言語。考え方。学歴。表層的な目に見えるモノから、目に見えない中身の部分まで、人間は差別します。「あ、この人とは合わないな」と思ってその人間を決めつけてしまうのも一種の「差別化」であり「区別」になるのです。







我々、人間はそのような人間をあたかも「動物」のように扱うようになります。「アイツはサルだから。」と言ったり、まるで存在しないかのように扱ったりした経験は誰にでもあると思います。つい最近まで、キリスト教のお偉いさん達は、「アフリカ人はサルだ」というのを公言していたくらいです。







人種差別を論じる際に必ず欠かせないのが「動物と人間」の線引きです。言語や理性を欠いた動物を非人間的なものとして排除することで人間(という概念)を産出することを、ジョルジュ・アガンベンは『開かれ 人間と動物』の中で人類学機械と呼んでいます。






人間と非人間を差別化する際に使われる考え方が、人間と人間を差別化する際に用いられると人種差別といった類のモノになってしまうということです。そして、この人種差別を考える際に、常に「ニンゲン」と「ニンゲンじゃない哺乳類」の線引きが付随してくるということです。







例えば、デカルトは『方法序説』 の中で動物が人間とは違って理性を持たない存在であると定義しました、ハイデガーの『形而上学の根本概念』によると、人間は世界を形成する存在であるのに対して、動物は貧しい世界に住んでいると定義しました。







どうですか。これを普段、周りで見下してる(差別している)人間に当てはめてみても文が通じてしまいます。さすがに、極端過ぎると思うかもしれません。しかしながら、「あいつとは世界が違う」といった考え方とは本質的には同じでしょう。






このように、人間は普段から周囲の人間を線引きすることによって区別、そして差別し、それが人種単位になったら人種差別になってしまうだけで、普段から差別を繰り返す動物だと私は思うのです。






さて、では臓器移植の話です。臓器移植と言うとすこし広義的な意味になってしまうので、そうですね。例えば脳死の場合を考えてみましょう。(あと出しでごめんなさい)脳死の判断はどのように行うのでしょうか。頭の回転の早い人はもう私の主張が見えているかもしれませんね。






先程、デカルトは動物と人間の違いは理性の有無と答えました。脳死をした患者は、恐らく理性はないでしょう。まぁ、脳の働きが完全に解明しているわけではないので、理性がないかを判断するのもそれこそ、難しい問題なのですが。脳死をした患者は、ニンゲンの形をした「動物」なのでしょうか?「動物」のように家畜とし、臓器をまるで商品のように扱うのでしょうか?







「人種差別はダメだ」と大きい声で叫ぶ割には、臓器移植にはわりかし賛成的な人が多いような気がします。この矛盾はなんなんでしょうか。他人を動物の如く差別する割に、自分が臓器移植によって臓器を必要とする場合が来るかもしれない時はその動物に助けを求めてしまうのです。






ニンゲンって面白い動物です。





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